南町の纏が新調されたみたいですね。
なんでも天性寺の宝珠がモチーフだとか。
今までの纏も天性寺の蛸地蔵に因んでタコの形をしています(写真)。
どんなになるか楽しみです。
今年は2回目の試験曳きに行こうと思ってます。無理矢理休み入れたろうかと思ってます。あぁ、もう「13の試験曳き」って言わへんようになったんやねぇ。なんか違和感あるなぁ。
天性寺と蛸地蔵
時は建武年問、岸和田を大津波が襲った。しかし被害はほとんど無かった。不思議に思った人々が海岸に出ると、一体の地蔵菩薩像が蛸と共にあったという。これは岸和田の守り本尊であると城内に祀ったが、世はまだ戦乱の世。尊像に危害があってはと城の濠の中に入れてしまった。
その後、天正年間に紀州勢が岸和田に攻め込んで来た。多勢に無勢で岸和田は危うくなったが、一人の白法師と無数の蛸が現れ、敵を殺害することなく退却させた。城主は喜びその法師を探したが、結局分からなかった。ある夜、法師が城主の夢枕に立ち、自分は地蔵菩薩の化身であると告げたので、濠に入れた尊像を出してお祀りした。その後、一般の人にもその御利益を受けられるように、現在の地に移されたという。
岸和田市南町正面土呂幕『岸和田大乱戦』





